焼け跡世代を親に持つバブル世代の中高年が読むべき「老いの片づけ力」

老いの片づけ力
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親が焼け跡世代、子はバブル世代

阿部絢子さんの「老いの片づけ力」を読みました。旦那の親も私の親も「焼け跡世代」です。焼け跡世代の人たちは、貧困を幼少期に経験しながら高度経済成長を目の当たりにしてきた世代です。モノが何もない時代を生きているのでゼロから何かを作り出すのが得意で甲斐性があります。ものがなければ何かで代用することを真っ先に考えます。この時代に生きてきた人たちの口癖は、とにかく物を大事にする世代で捨てることに否定的な「勿体ない世代」です。私たちが考える勿体無いと焼け跡世代がいうモッタイナイは、同じようで全く別物なのです。40代~60代の中高年が直面する親の家の片付け問題は、生まれた世代が違うため摩擦が生じます。

私は、40代後半(50代)高度経済成長期に生まれバブル時代に青春を謳歌しました。裕福とは思わなかったけど生まれたときから生活に必要なモノは、すべて揃っていました。モノを買うことが喜び、モノを持つことが喜び、買い物が大好き。ブランドものがステータス、わかりやすくブランド好き。さりげなく品よくブランドより誰が見ても分かりやすいロゴ目立つ方を選んだりします。ブランド品持っていれば安心?みたいな。笑。わかりやすく豊かさの象徴を持っていたいバブル世代。思考は、年を取ってもお金が無くても変わりません。一歩間違ったら老後破産しやすい年代だと思うしイイカゲンにバブリーな頭の中をリセットしなければいけない世代なのだと思います。

老いの片づけ力

著者は、1945年生まれの阿部絢子さん。他に『始末のいい暮らし方』『老いのシンプルひとり暮らし』『おひとりさまの老後を楽しむ処方箋』『老いのシンプルひとり暮らし』『始末のいい暮らし方 ~ムダの少ない、気持ちのいい毎日のために~』を出版しています。「両親ふたりとも健在」、「片親が亡くなり片付けている途中である」、「親の家から遠方に住んでいる」、「親が認知症」、「介護サービスを利用するようになった」、「兄弟姉妹の有無」といった状況によっても片付けの度合いが変わってきます。親の家の片付け問題は、田舎でも都会でも一緒に暮らしていても離れて暮らしていても直面する問題です。親が生きているうちは、片付けたくても100%足を踏み入れることができないものです。

元気だと思っていても突然老いていく高齢者、施設に入ることになった、長期的に病院に入院しなければならなくなった・・ということは想定しておかないといけません。いざというとき必要なものを探せない状況では、皆が困ります。下着・靴下・衣類どこに何が入っているのか?本人は分かっていても本人しか分かっていないと家族は大変な思いをしてモノを探しだなければならなくなります。幸い我が家は、75才の婆さんの認知症が判明したことでモノを大量に処分できたので物の量を減らすことができました。遠距離ではなく在宅だったから片付けられたということもあります。嫁ぎ先は、順調に片付けが進んだけれど実家は、小姑の私が足を踏み入れにくい領域になっています。そうやって考えるとやれることは限られてきます。

親の家の片づけ問題

誰もが直面する親の家の片づけ問題。私は、3人兄弟ですが弟は、数年に1度しか帰ってくるだけです。私もお正月とお盆にわずかな時間帰るぐらいです。母が倒れてからは家族で泊まることもありません。モノを捨てたらいいんじゃない?と切り出しにくいのが実情で両親の部屋もどうなっているのか想像もつきません。30年前両親の部屋には、押入れがあり雪崩のように物が落ちてきそうな状態でした。三面鏡の前にもゴチャゴチャと物が置いてあったことを覚えています。

父親がお風呂にいくときは、下着やシャツを(過保護にも)父親の箪笥から母親が準備していました。母親の箪笥は、真ん中あたりに物が置けるようになっていて私が小さい頃から物を置きまくっていました。30年経って両親の部屋がキレイに片付いているとは想像できません。怖くて足を踏み入れることが出来ません。

誰もやらないなら私が動き始めないと何も始まらないものの両親と同居している兄一家。一緒に暮らしている兄夫婦を尊重しなければいけません。台所や居住空間を整えたらどうか?そんなことは、切り出せません。いくら娘でも寝室を片付けるわけにいかないし・・せめて両親がいつもいる居間から古い本を譲り受けて処分するぐらいなら出来そうだなと思っています。

うちの母は、私になんでもかんでも持たせたがるし年金暮らしだからわざわざ何も用意しなくて良いのに買ってきてでも持たそうとします。アナログ人間で調べものはすべて本から吸収する母から古い本をもらい受けることにちょっとした迷いもあります。老いた人の片付けは、とてもむずかしく主体はあくまで高齢者。押し付けることなくスペースを確保できたりすっきり感や達成感が味わえるか?は難しい問題です。

統合失調症=精神分裂病(せいしんぶんれつびょう)

本を読み進めていたら著者の弟さん(65才)統合失調症の精神分裂病(せいしんぶんれつびょう)と書いてありました。我が家にも統合失調症の精神分裂病(せいしんぶんれつびょう)のおじさんと車椅子のおじさんがいます。でも自立してもらうという考えは私には1%もありませんでした。著者は実母(93才)から弟(65才)を自立させようと試みます。そして弟さんを自立させていきます。

実際うちのおじさんも統合失調症の精神分裂病(せいしんぶんれつびょう)の診断を受けて何年も経っています。病院の先生には、死ぬまで薬を 飲み続けてくださいね!といわれていますが一緒に暮らしはじめて5~6年。投薬治療は続けながら症状が安定しているので妄想や幻聴がみられることもなく「普通の人」として生きています。精神疾患の影響で入退院を繰り返すたびにゴミ屋敷となった汚部屋の片付けに行かなければいけなかった頃を思うと今は平和です。だからあえて自立してもらおうと思わないし最期まで自分が見届けるつもりでいます。それぞれの家族のありかたまで考えさせられました。

親の老いる姿は、子どもにとって人生最終期の一番身近な手本である

本に書いてあった一文です。どのように老いていくか?どのように生きていくか?年齢とともに増えていくモノたちをどのように処分していくのか考えながら生きていきたいと思いました。

 

 

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