高齢者もったいない精神&認知症の義母の復活で断捨離停滞中

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2016年8月に本格的に「断捨離」に目覚めました。3年に1度ぐらい衝動的に「物捨てブーム」がやってきます。でも「物捨てブーム」は、「ブーム」なのですぐに元の「片付けられない女」になっていました。今考えるとストレス発散で物を捨てていました。そして「捨てないと!」という半強制的な思いにかられて物を捨てていた気がします。大家族と暮らしは、自分の思い通りにならないジレンマがあります。義母の調子が、すごく悪くて「ほぼ寝たきり」みたいな状態でした。さすがに義父も「もうだめかも?」と思ったようで生前整理も積極的でした。でも最近になり義母が奇跡的に調子を取り戻し元気になってきたら・・またまた、昔のように「私が捨てたものを再利用する動きが見られます。

先日、バカみたいに重い台所のフロアマットを捨てることにしました。もう10年以上使ってきて汚れや匂いがついてしまったというのも理由ですが、大型ごみの処理費用が無料のうちに捨ててしまいたい!というのが1番の理由です。台所に2枚のシート(マット)を敷いています。1枚でも相当重いので「粗大ごみのシールが2枚分いるね」と話していたら「これ畑で草が生えないように使おうかな?」と爺さん。出た出た!お得意の再利用・再活用。でもとにかく重いので使い勝手が悪いはずです。黒いマルチ買えば良いのに・・と合理的に考えますがお年寄りというのは、「もったいない精神」がすごく強いのが困りものです。

私が捨てたいと思っていても家のどこかで使おうとする爺さん・・「モッタイナイ」のはざまで揺れているのだと思います。私の不用品を家族の誰かにどう使われても「どうせ捨てたもの」だから気にしなければいいのかもしれませんが、気分は良くありません。何年後にはゴミを捨てる費用も高くなることがわかっているだけにゴミの処分を先延ばしにしたくないというのが本音です。今日、捨てたものは、ハンコセット。もう何年も使っていません。結構高かったけどもう要らない。押すとこない。

教育ママ

百人一首。ちょっと遊んだけど、もう要らない。もう使わない。自分が子どものときは、冬は決まってコタツで百人一首したな~って思いながら買ってみたけどもう誰もやらないから捨てました。ちなみに私が好きな歌は、崇徳院の「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」。藤原実方朝臣の「かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」。昔の人が歌った恋の歌。現代人にも通じるところがあって好きかも。

元良親王の「わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしてもあはむとぞ思ふ」、柿本人麻呂の「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長ながし夜を ひとりかも寝む」、権中納言定家の「来ぬ人を まつ帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」、陽成院の「筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」なんかも好きな歌かな。ネットの投票でも崇徳院の「瀬をはやみ~」は1番人気でした。みんな・・あれだよ・・好きだった人がいたのに一緒になれなかったとか・・そういう思いを抱えて生きているんだろうな。すごくすごく理解できます。笑。一緒になりたくてもなれない関係性・・っていう・・。

百人一首

・・百人一首を捨てたら棚にスペースが生まれました。蛭子能収さんの本も「深い」ってことだったけど、なんか読んでない・・人生を変えるぐらいの衝撃的な本以外は、捨ててしまってもOKってなると断捨離だよなw

蛭子能収ひとりぼっちを笑うな

あと、帽子。たぶん高かったけど似合わなかった・・小顔に見えるらしい帽子みたいだけど厚顔無恥な私には似合わなかった?使い方違っ??笑。

帽子

ブログを書いていたら認知症の義母が、またまた夜の徘徊。ああああああああああ・・・・説得して部屋に連れ戻すのに一苦労。メンタルやられます。自分では、しっかりしてると思っているから手におえない!!歩けないときは、安心して眠れるんだけど・・夜中出歩くのは、認知症の症状なんやろうな。水前寺清子の歌ぢゃないけど「一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩さがる」みたいな。私の精神も崩壊気味です。壊れないように気をつけたいです。

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