押入れすのこでダニ・カビ対策

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100歳の曽祖母が入院していた病院に見舞いに行くと酸素がつながれ話したり動いたりできなくなっていました。入院する前は、普通に歩きトイレにも風呂にも人の手を借りずに過ごせていたし耳は遠いけど会話ができていました。入院している間にみるみる痩せていきついには、寝たきりになりました。病院では、延命治療をしない方針だと告げられました。100歳の曽祖母の心臓は、高いエベレストの山頂にいるくらい空気(酸素)が取り込めないような状態だと説明を受けました。もし若い人だったら「苦しい」と思うことも、じわじわと山頂に登っていくように、息苦しさを本人は、さほど感じていない・・。

これから先、病院で医療行為を続けたとしてももうやれることは、何もないし薬を飲み続けても治ることはない、病院での食事もあまり食べない。病院にいても回復の見込みは、ないこと、入院を続けても良くはならないこと。もう年は越せないかも?といわれました。私が「ディサービスを利用できるように手続きを・・」と言いかけたところで、手続きして(要介護)(要支援)の通知結果が届くまで持たないだろうといわれました。しかし、家に帰ると介護も酸素も必要だと言われました。曽祖母も、ずっと家に帰りたがっていたこともあり帰宅の選択をしました。結果的に曽祖母を家族全員で看取ることができ今となっては、貴重な日々だったように思います。

命は、長くないかも?といわれていたものの、通夜や葬儀だけは準備ができません。万が一のために毎日少しずつ片付けたとしても4時間おきにおむつを交換して体位を変えて・・という生活の中でただでさえが片付けられない女の称号を持つ私には、時間がない・・おむつ交換でメンタルボロボロな状況のまま、ついに最期の日がやってきてしまいました。亡くなったのは、夜中。

そこから一睡もしずに家中の荷物の大移動しなければいけませんでした。

通夜の前の「納棺」があり大勢の人々が集まってきました。通夜の翌日は葬儀なので葬儀場で泊まっていく親戚は良かったのですが、大勢は泊まれないので何人かは、自宅で泊まってもらいました。限界集落のような田舎なので宿泊地がなくあったとしても行き帰りに時間がかかります。突然宿泊することになっても我が家の押入れも布団もあまり良いものはありませんでした。以前から押入れの湿気には、すのこが良いという話はしていたのですが、座布団が入っている押し入れと布団が入っている押入れにすのこが必要だったので後回しになっていました。

義父が「すのこ作ろうかな」と言い始めたので「そうだね、生きているうちにおねがいしますよ」といったらさっそく押入れすのこを作ってくれました。

押入れすのこ

日曜大工が趣味の義父でいろいろ助かっています。しかも、「写真撮る?」むしろ撮ってくれ的な今日この頃です。

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