義母の部屋の生前整理、洋服(衣類)を片付ける

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北側の部屋で生活していた義母、高齢で認知症・バリアフリー化されていない本家(ほんや)では、足元が悪いため隠居に移動してもらいました。新しい生活に対応するのは、難しいようで認知症になる前と同じような行動を取り続けました。しかし和式のトイレにこだわり続けた義母ですがようやく隠居の洋式トイレに入れるようになりました。2才児を育てているときと同じように褒めまくります。「お義母さんすごい!洋式トイレで用がたせたね!」義母は、穏やかな表情を見せることが増えてきました。

しかし子育てと違うとことは、子どもは1つ理解し1つ覚えて1つ出来るようになっていき将来が明るいのに対し認知症は、まえできていたことができなくなる・・介護の負担が増えるという暗い将来しかみえてきません。頭の中のプライドだけは、エベレストのように高く頑なです。水洗便所の水を流すということが単純な動作はできないものの和式便所でしか用が足せなかった義母が洋式便所で用が足せるようになったのは、快挙です。仕方なく自動水洗装置を10万円かけて設置したものの座る位置が悪いみたいで自動で流れないし・・笑。身障者用に改造してある隠居で暮らしはじめて半年。最近は、歩けなくなり(この先、回復するかどうかは不明)今は、ベッドの横にポータブルトイレを置いて生活しています。

回復を願いつつ介護を続けていますが、とにかく人の手を借りないと出来ないことが増えてきました。ポータブルトイレには、這って移動するのでトイレは良いとして食事の準備も掃除や後片付けも何もできません。食事を食べるのも薬を飲むのも人手が必要です。車椅子→寝たきりという図式が見えてきます。

認知症の義母の部屋を片付ける

生前整理を念頭に入れ義母の部屋を片付け始めました。茶箪笥からは、ガラクタ。洋服タンスと押入れ収納からも出るわ出るわ!どんだけ衣装持ちなんだ??っていう衣類の数々。スカートやズボン・上着が出てきました。質の良さそうな小洒落たブラウスがたくさんありました。しかし20年間着たのを見たことがない洋服ばかりです。春夏秋冬、何年も同じ服に同じエプロン。同じルーティン。私が義父に「こんなに衣装持っているのに今まで見たことがない洋服ばかりやね」と言ったら「俺(自分)も掛けてある洋服を着たところをみたことがない」毎日オシャレとは程遠い格好ばかりしていたし同年代の女性や義母より高齢の女性と比べても全然洒落っ気がありませんでした。この洋服は、誰かから譲り受けたものなのか自分で買い求めたものなのかわかりません。ただ1ついえることは、こんなに持っていても場所を占拠していただけで宝の持ち腐れでした。

洋服ダンス

家や部屋を片付ける目的

曽祖母の一周忌を前に家や部屋を片付けはじめたのは、親戚や近所の人がいらっしゃるからです。散らかっている部屋や片付いていない部屋を見られるのは、恥ずかしいことです。今まで見て見ぬふりをしてきた家の周りや家の物に目を向けたり意識を向けるようになったらあれもこれも気になりはじめました。私一人で片付けを始めたらこんなに進まなかったと思います。高齢の義父が一緒に片付けを楽しんいます。自分自身の「生前整理」は、残された家族のために必要です。しかし高齢の家族の生前整理は、「死ぬのを待っているみたい」で言い出せなかったり手を出すのも難しいことです。高齢者自らが動き始めたほうが片付けがうまくいきます。物を捨てられない世代をその気になせるのは、至難のわざです。うちは、義父が柔軟な考え方が出来る人で本当によかったです。曽祖母の葬儀のときは、まだ義母がこの部屋で生活をしており雑多なもので溢れかえっていました。1階に物を置くスペースが無い状態は、想像以上に不便なものでした。その頃は、2階もめちゃくちゃ汚かったので荷物や生活に必要な物を置く場所すらなかったのです。高齢の家族と暮らしている我が家だけに「その日」は確実に意識しなければならないのです。家や部屋を片付ける目的は、今の暮らしを快適にすることが第一の目標で、突然の葬儀で慌てなくて済むような大掛かりな片付けをコツコツ続けていくことです。まあ・・家族の誰かが亡くなったら慌てるのは、間違いないしパニクるのも間違いないだろうけど部屋の掃除でくたびれ果てるような思いはしたくないなと思うわけです。

義母の衣類

少し前のニュースで2,016年7月に天皇陛下が「生前退位」の意向を示されて10月に皇后美智子様が『生前退位』という大きな活字を見た時に衝撃を受けられたとされています。6年前に天皇陛下が表現されたのは「生前退位」ではなく「譲位」というお言葉だったようですが、たしかに受け取るニュアンスが違ってきます。生前整理は、死んでからの作業を減らしたり家族の負担を最小限にするのも1つの目的です。365日毎日日替わりで着ても持て余すような衣類は、必要ないし・・サイズの合わない衣服は、持っていても着る機会もありません。

 

同じ女として・・衣類を整理するのに躊躇しました。もしかして認知症が治るかもしれないという期待をしながらこれだけ残しました。ご存知のように認知症は、薬を飲んでも風邪薬のように回復するものではありません。私にとっても義父にとっても認知症の家族がいるという現実を受け止める今回の断捨離でした。

洋服のハンガーは不燃ごみ

洗濯バサミも劣化してボロボロでした。10年も20年も着ていない洋服たち・・これでも今の義母にとっては多すぎる量です。義母の衣類しかしいつか着たいいつか着ようと思って義母がかけたお洋服。少しだけ風通しが良くなりました。これから先、歩けるようになるのか押入れ収納に洋服が入っていることを思い出せるのか?わかりませんが元気になって欲しいです。

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