東日本大震災から6年、被災経験のない私が被災者から聞いたこと

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浪江町から飛騨高山に移住された女性とお話する機会がありました。下呂で生協の防災イベント(小規模)が開催されたからです。参加者は、子育て世代の母親たち。

私の子供の同級生にも福島から移住してきた人がいます。でも東日本大震災のことは、誰も聞かないしなんとなく触れちゃいけない聞いてはいけないような気がして地震のことも防災のことも話したことはありません。浪江町から高山に移住してきた女性に私は、「高山出身なんですよ!!」と声をかけると「えええ!そうなんですか!!」「ちなみに何町?」と聞くと「○町です」と答えるではありませんか。「ええええあの高山でも・・ちょっとはずれのマニアックな○町!私○町の生まれだよ」というと2人でガチッと握手してめちゃくちゃテンションがあがりました。「私の実家は、○町で一番オンボロの家だよ・・最近出来た○○施設のすぐ近く」と話すと「ええええっ」とビックリしておられました。たぶん番地が近いので私の実家と女性が住んでいる場所は、ご近所さんのようでした。

大地震から6年が経過、薄れていく防災意識

平成23年(2011年)3月11日から6年が経過しました。

東日本大震災

地震の津波の映像は、衝撃的で今まで築きあげたものが一瞬で流れにのみ込まれ家族も家も人も財産も失ってしまうという現実。自分は何のために生きて何のために働いているのだろう?と私は、何度も自問自答しました。被災したわけでもないのに言い知れぬ無力感と不安感で1ヶ月ぐらい気持ちが沈んでいました。被災地から遠く離れた岐阜県でも物流が滞り、乾電池を入手できたのは地震発生から1ヶ月が経っていました。当時は非常食を注文しても6ヶ月待ちで・・幸い自然災害もなく今日まで過ごすことができました。賞味期限が切れそうなものもあります。自然災害が来なかった事に感謝しながら非常食をいただきたいと思います。

被災された女性が避難グッズ、持ち出し袋に準備しているものを一通り見せてくださいました。実際に準備しているものもあったし無かったものもありいくつか買い足しました。非常食も新たに購入しなければ。

水

自分や家族を守るのは、誰でもない「自分なんだ」という意識

非常食やトイレのこと なぜどんなときに何がどれぐらい必要なのか具体的なお話をうかがったのでとても勉強になりました。6年前は、節電や地震に向けていたのに今となっては無関心になっているのではないかとハッとしました。今、浪江町の住民のうち17%が「戻りたい」と答えています。そして避難先で家を建てた人もいました。そして原子力に不安があることから「戻りたいけど」戻らないと答える人の割合は年々増えています。除染は、済んだ避難指示解除といわれても福島第1原発では、毎時500シーベルトを超える放射線量が放出されていて(人が数十秒で死ぬレベル)未だ住むことができないすぐ横の地域で「住んでも良い」といわれてもね・・と新聞記事に掲載されていたニュースのことをお話してくださいました。

廃炉までには、40年かかるそうです。でも家の中のものほとんどのものは、電気がないと機能しないものばかり。電気に依存した生活をかえられない現実。

私たち日本人は、東日本大震災が起こるまで原子力発電は、安心安全って思い込み信じてきたわけだけど何をもって安全と思っていたのか?そろそろ自分たちで、氾濫した情報から正しい情報と知識を得なければいけないのです。

ずいぶん前に私が住んでいる地域に放射能の核のごみ箱の作る計画が持ち上がりました。当時チェルノブイリのあとに奇形児が産まれてという写真を公開しながら核のごみ箱を作ることに反対しなければいけないと力説していました。家族10人分の署名はしながら2011年に原子力事故がおきたとき知人が話していたことが現実になりどこかで情報が操作される恐怖を感じました。

避難所に行けば支援物資があって助けてもらえると思っていた

実際に被災された方のおはなしは、勉強になりました。女性も大地震を経験する前は、避難所にいけば救援物資が届いていて支援物資の配給をもらって・・と思っていたそうです。しかし震災当日行けばなんとかなると思っていた避難所の体育館には、パイプ椅子がいくつか置かれていただけで「助けてもらえる」という思いは砕かれたとはなしておられました。数日後には、給水車も入り支援物資も届きますが被災状況によっては孤立する地域だってあるわけです。自宅が全壊・半壊していなければ避難所に行かないという選択肢もあるとはなしておられました。まずは必要最低限自分や自分の家族を守れるだけの備えは、大切だと思いました。

下がりきった防災意識も高まりました。私が住んでいる岐阜県は、A級活断層の阿寺断層がある地域で30年以内に地震が発生する確率は6~11%だそうです。この数字が低いのか高いのかはわかりませんが備えておかなければいけないと思いました。

皆で話しているとき「私、防災グッズ買い溜めていたけど部屋がものすごく汚くて避難グッズ置いてる場所にたどりつけないくらい散らかってて」と話したら周りの方に大爆笑されましたが自宅でも地震が発生たらタンスも茶箪笥も心配になり家具の固定もしなければと思いました。

地震や災害は発生してほしくはないけどいつ何が起こるかわからないし家族や子供を守るために必要最低限備えておかないといけないと痛感いたしました。

東日本大震災から6年、被災経験のない私が被災者から聞いたこと” への6件のフィードバック

  1. こんにちは~
    東日本震災を機に、疎開していたときに遭ってしまった東南海地震について父と叔父にインタビューしたことがあります。
    子供のころにも訊いたことはあったのですが、ウチの父は地震とその現象に興味があったようで…地割れ・稲光かオーロラ等、何だか科学と学習風な断片的な事しか話してくれなかったので、
    法事で叔父と談笑しているときに訊いてみたら、二人の話をすり合わせると、
    畑の道、ものすごい地鳴りと揺れ、沿岸部を見ると並んでいた工場の煙突がバタバタ倒れ土煙、地割れが走り肥溜めが(長周期振動か?)タプンタプンあふれ、揺れ自体も長くて余震もひっきりなしに起こったこと。
    茅葺屋根の家ではとても眠れないと、お爺さんが庭にさっと小屋を作って藁やむしろを敷いて眠ったこと、冬場で寒かったこと。
    小屋の屋根に隙間があり横になると夜空が覗け、灯火管制だったから星がきれいなのだけど、大きな余震の前にオーロラが輝くのが見え、身構えたこと。
    五右衛門風呂の外壁が崩れ、壁の隙間で蛇がたくさん冬眠していたのが見えてしまったこと。(叔父は爬虫類苦手なんだそうです)
    津波もあったらしいけど戦争中だったからほとんど報道されなかったよね、田舎だったから井戸はあるし、納屋に保管していた食料はいくらかあったし、便所は落とし込みだったけど、今の東京だったらどうなるだろう…って話していて、従姉と「二人分の話を聞いてやっと全体像がつかめたわ」って。
    被災当時の少年の目での記憶。きっと社会人やお母さんだったらだいぶ違うんだろうと思います。

    ううむ、水と食料とトイレかぁ。農家だったから自宅避難だったのね。
    町会の防災係も回ってきたので避難所設営訓練などに参加したことがありますが、公共の備蓄品って僅かです。
    消防団の方なのかな、余震がおさまったら足りないものはご自宅から持ち寄ってもらうように、という内容のことを言われた覚えがあります。
    灯油やLPガス使用の炊き出し機材は倉庫にはありますが、燃料の備蓄が無いので、発災時は契約会社が配達しますから、それまではご家庭の灯油などを活用…とかって、こちらでは言われました。二十年くらい前に決められたことなので、家庭が灯油ストーブで、いくらか余分があることが前提みたいです。頼りになりません。
    避難所の体育館もきっとアレコレ落下したものを片付けることから始めるだろうし、その間にトイレがエライコトになりそうです。

    おむつ使用の家庭ならば、数に余裕があるように生活を回していれば、災害時のトイレに転用できます。破れにくいビニール袋必須です。
    介護でポータブルトイレを使われているならば、想像しやすいと思うのですが、全員でポータブル状態になります。
    量が多いので清潔と匂いが問題になります。ポータブル用の消臭・消毒剤があれば理想的、消臭猫砂が吸収もするし安価で良いという意見もあります。
    「防災用品」はとても高いので、家庭ごとに用意しやすいものを多めに持てばよいかと思います。
    食料は…3.11の時にたまたま実家で点検に作業員さんが来ていたのですが、揺れても真面目に「仕事に戻ります」というので、外だと手に入らないからってペットボトルと袋菓子を持たせて車に乗り込んでもらったって言ってました。都内は渋滞したらしいので役に立ったかな。
    発災当日に口にできるものは自分できちんと持っていないと、というのが空襲や地震を経験した世代から受けた教えなので、電車に乗って出かけるときはキャンデーや小さなペットボトルを鞄に入れるようにしております。
    3.11のすぐ後だと地震があって停車し安全確認するまで停車したり、最近は「事故・故障の点検のため」大混雑の駅ホームで待ったこともあって、キャンデーなめました…たまたまハロウィンの残りのキャンデーでしたが…自分で持つならば美味しい物の方が良いなと思いました。
    昔の宮城県沖地震を体験した方(町会)と、阪神の震災を体験した方(ママ友)にお話しを伺う機会があったのですが、女性の視点で家庭の中の危ない所を教えてもらえたのでありがたかったです。

    1. ちゃーちゃんさん!!まずは!!いつもいつもコメントをありがとうございます。いつもありがとうございますなんだけど今回は、MAX!!!ありがとうございます。うちの爺さんに聞いても記憶が曖昧で全然役立たずで・・・でも爺さんはめちゃくちゃ怖がりだったりします。ちゃーちゃんさんのおじさまたちのおはなしを読ませていただきながら、実家にも昔は肥溜めがあったことを思い出し「臭い」をまじえて想像したり嫁に来る前まで五右衛門風呂に入っていたのでリアルに想像しました。実際に経験されたことがある方のお話は貴重です。

      私は、阪神淡路大震災のときに島根か鳥取にいてそのときは震度5とか?で帰り道が大変だったという記憶しかないので想像力を広げながら防災の意識を持つということができていないような気がしました。

      それで・・ポータブルトイレのこと!!!!!ああああああ!!すごいネ申!!なんとわかりやすい!!ありがとうございます!!なんかありがたすぎて泣けてきました。!!なるほど、そういうことになるのですね。今は、おしっこやうんちをトイレに流しているけど地震が来たらおしっこやうんちを袋に入れて捨てることを考えなければならなかったのですね。やっぱり私・・防災意識低いわ・・と思い知らされました。実際に経験していないと「いざ」というときの行動がまったく想像できないものだし、どことなく非常食準備して満足していました。今回のコメント何度も読み直しながらもう一度見直していかなければならないことばかりだと思いました。

      阪神淡路大震災のときのトイレがやまもりになったという内容の本を読んだことがあります。結局・・そういうことなんですよね。汚いものから目をそむけてもそれが現実なんだなと思い知らされました。いろいろ勉強になりました!!ありがとうございます。昨日は、自衛隊の方とご一緒させていただいたのですが、昨日一升瓶に入れるじょうごを忘れたら紙を丸めて即席じょうごを作ってくれてなんと生きる知恵があるんだ!と甲斐性なしの私は、尊敬MAXでした。何も無いところでいかに知恵を使うか!そういう実践的なことって大事だなと思いました。私は、マニュアル女の頭からっぽな指示待ち人間なんですが??笑。ちゃーちゃんさんは、生きる知恵がめちゃくちゃありそうな雰囲気ですね。w

      1. こんばんは~
        トイレに関しては、想像したこともない人が多くて、同じマンションの一世代上の人でも「穴掘って…」って言うのですが、…あの~酔っ払いに立ちションされちゃったら(繁華街の裏道とか)単独犯でも後始末大変…とは口には出さずに、「無駄になったら幸いで、用意するのが一番ですよ~」って言っておきます。
        マンホールに取り付けられる非常用トイレ、っていうのもありますが(わざわざ町会で用意しちゃったみたいです)小学校のプールそばならともかく断水していたら流れずに山盛りになるのだと聞いたことがあります…高台の町内会なので流れませんよね…バキューム呼ぶようだと思います。
        それに仮設のトイレは外になってしまうので、家族の体調を考えると、やはり居られるならば自宅を片付けて戻った方が…って思いませんか。

        家具固定については取り付けやすいものが売られているのでヒント。
        金具に木ねじが一番お安いのですが、根太が入っている場所限定。
        ウチはマンションでコンクリ壁面にも家具を置いているので、ゲル接着の固定具も使いました。簡単に固定できますが、ちょっと高いです。ネバロック、タックフィットという商品名で検索できると思います。
        3.11の時は電子レンジが宙を舞ったとか、地デジ化に合わせて買い替えたばかりの液晶テレビが落下、という話も聞きましたので、置いているものも固定してください。
        台所の戸棚や廊下の物入れ、下駄箱からモノがあふれた、という話も聞いたため、チャイルドロックのようなものを付けました。
        なんでこんなにって…子供会で1年・町会で1年、2回防災係として講習を受けてしまったため、実践して我が家は「防災の館」となりました…
        非常食はこれから更新時期なので、もう少し安価に、普段のストックを活用する形に変化できるよう模索中です。
        食に関しては西ちゃんさんは手早く美味しくたくさん出来そう。
        ウチは小人数でウチも狭いし、ストックが少なくて…

        1. ちゃーちゃんさん、ふたたび、ありがとうございます。なんか防災の館というか・・備えるって大事なんですね。私も防災係の講習受けたくなりました。
          さきほどのコメントもこのコメントもプリントアウトして永久保存版にします。地震が発生したときは、トイレのことを1番に考えなければいけないはずなのに・・面倒だし考えたくなくて・・おしっこぷるぷるとか買ったけど開けて使ったことはなくて・・・どのような形状かも分かってなくて見ようと思ってなかったです。でも男じゃないから・・使いにくいのかもしれません。私は、ストレスを感じるとやたらトイレが近くなってしまうしいっそのこと自分専用のポータブルを買いたいぐらいな気持ちになってきました。浪江の女性も下水道を止めてしまうんですよと話しておられました。公園や公共施設の水洗便所は、山盛りになることも十分考えられますよね。おぞましいけどリアルにありえると思います。こういう情報は、もっとテレビでやってくれたら有難いんだけど、視聴者からのクレームやスポンサーの関係でそこまでやる情報番組ってないかもしれません。

          非常食は、高いですよね。浪江の女性は、お米と各種スープとビニール袋と水で袋でご飯炊くのが安上がりだと言ってました。計算すると高い非常食を家族の人数分買おうと思うと我が家ではすごい出費になりますが米を常備しながら使って買い足す方法(ローリングストック)なら安上がりで何食か助かります。また断捨離にはまったこともあって我が家の食品ストックは、必要以上に少ないのですが被災者がすすめていたパスタとかうどん・そば・そうめん・乾物とかあっというまに消費してしまうのでローリングストックどころでは無いのですがもう少し考えてみます。お役立ち情報ありがとうございました

          1. こんばんは~
            ポリ袋・家庭鍋・防災食で検索すると、たくさんレシピが出てくると思います。
            もともとは高密度ポリエチレン袋の「炊飯袋」で、都内の防災訓練では配られておりました(実家に名残が…)
            沸かされたお湯の中に、ポリ袋 in 米と水、を放り込むとご飯に。を、中越の震災のころから調理に応用されてきて、
            町会の防災訓練の時に、ポリ袋 in 牛肉大和煮缶と剝いたジャガイモやニンジンで野菜も入ったおかず、とご飯袋で実習しました。
            缶詰で無くても麺つゆがあれば、ニンジンやジャガイモの水分で十分煮えました。
            スープの素と90秒クルルのようにゆであがりの速いパスタ、だと時間をかければ熱湯と保温の良い器に蓋で、どうにかなりました。
            パスタは塩で練っていないので、味の付いたスープの中に入れてしまって大丈夫なのですが、
            日本の麺は塩で粘りを出しているので、ゆで汁がしょっぱくなりますよね、その分塩を使わないのがコツみたいです。

            ウチは今、炊飯器が壊れたのを機会に鍋で炊いているのですが、いつもはガスレンジの炊飯モード、時間があれば省エネな湯炊き法で。
            時々思い出して試してみています。

          2. ちゃーちゃんさん、こんにちは!!いつもいつもコメントありがとうございます。すごいな~~ちゃーちゃんさん、炊飯器から鍋ですか!!あああああ~~美味しそう・・どんなもんなんでしょうか??圧力鍋で炊いたことがあるけど・・いちいち水加減とか火力を調べないとちゃんと出来ない気がします。(;´Д`)でも普段から実践していれば、いざというとき役にたちそうですね。ちゃーちゃんさんとこの防災訓練参加したいですw私の地域の防災訓練は、消火器で火を消してみるっていうのが毎回あって非常食をみんなで食べたことがあったけど、本当はポリ袋調理とかやってみると良いんだと思いました。

            >ポリ袋 in 牛肉大和煮缶と剝いたジャガイモやニンジンで野菜も入ったおかず

            なるほどなるほど!!今日も勉強になりますです。もはやちゃーちゃんさんのコメントがありがたすぎて自分の記事はどうでも良くなってきました。(爆)そういえばうちのガスレンジに炊飯モードはついていたかどうか?たぶんついていないと思われ・・電気のない生活を実践するのも良さそうですね。今日のコメントもプリントアウトしておきます。いろいろなことを教えていただいて感謝感謝です。

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