1年前に亡くなった曽祖母が夢に現れた!夢で逢えて良かった

去年100歳で亡くなった旦那のお婆ちゃんが私の夢の中に会いに来てくれました。いつものように台所で洗いものをする私のもとに、お婆ちゃんがすっとあらわれ何も言わずに、にこにこと優しい笑顔で立っていたのです。


その姿を見た瞬間、私がお婆ちゃんの部屋に運んだおかずの茶碗やお皿を返しに来てくれたのだと分かりました。

うれしい気持ちで私は「ありがとう」と言いながらお皿と茶碗を受け取りました。

でも夢の中で(婆ちゃん死んだからこれは、夢なんだな~)とどこか冷静に感じてもいました。

それでも、ずっと会いたかった人に、たとえ夢の中でも会えたことは、本当にうれしいことでした。

夢の中で私は、実家で亡くなった婆ちゃんも、あの世にいるのだと思い出していました。
「実家の婆ちゃんにも、よろしくと伝えてもらおう」
そんなことを、ぼんやり考えていたのです。

婆ちゃんは、藍色みたいな褐返(かちかえし)の着物を着ており深みのある良い色だなと夢の中で思いながら あたたたかそうな、ふわふわした似紫色の羽織をまとっていたお婆ちゃんは、いつもと変わらない優しい笑顔です。

「婆ちゃん逢いたかったよ~ずっと逢いたかったんだよ~」そう言いながら私はお婆ちゃんに抱きつきました。でも不思議なことに、体そのものはあたたかくありませんでした。
伝わってくるのは、羽織の生地のぬくもりだけ。
「もう亡くなっているから、人の体温はないんだな」
夢の中で、そんなことを思っていました。

それでも夢の中で会えたことがうれしくてまるで母親に甘える子どものように、溢れ出る涙を止めることができませんでした。「逢えてよかった。逢いに来てくれたんだね。ありがとう」そう言いながら私は泣き続けました。

心の中?夢の中で(家の中がキレイになったから逢いに来てくれたのかな)(認知症の介護を頑張っているからねぎらいに来てくれたのかな)いろいろな思いが駆け巡っていました。

夢だと分かっている。
現実じゃないことも分かっている。
それでもあまりにもリアルな再会に、私は声をあげて泣いていました。

すると子どもたちが
「お母さん、大丈夫? 泣いてる?」
と起こしてくれました。
涙でぐちゃぐちゃになりながら、私は今見た夢の話をしました。

生きていた頃は、あたたかかった婆ちゃんの手。
亡くなったとき、その手がとても冷たくなっていたことを、ふと思い出しました。

夢だって分かってる。現実じゃないってわかってる。でもあまりにもリアルな夢での再会に私は、わんわん声をあげて泣いていました。リアルに子どもたちが「お母さん大丈夫?泣いてる?」と起こしてくれたので涙でぐちゃぐちゃになりながら今見た夢を話しました。生きているときは暖かかった婆ちゃんの握り返してくる手のぬくもりが、亡くなったときは、とても冷たくなって悲しかったことを思い出していました。

子どもに起こされてしまったので、実家の婆ちゃんへの伝言を頼めなかったな……。
そんなことを、夢と現実のはざまで考えていました。

目が覚めてから、旦那と子どもたちにも夢の話をしました。
誰も馬鹿にすることなく、静かに聞いてくれました。
夢だったけれど、たぶん本当に、逢いに来てくれたのだと思いました。

亡くなった人は、どんなに大切で、どんなに愛していても、生き返ることはありません。
夢でもいいから逢いたいと思っても、そう簡単に逢えるものでもありません。
だからこそ、「見守ってくれている」という感覚が、心に残りました。

亡くなった人が夢に現れる意味

亡くなった人が夢に出てくるのは、吉夢なのか、それとも警告なのか。
気になって、夢占いを調べてみました。

夢は、その人の心情を映すものだと言われています。
私がよく見る夢は、だいたい五つあります。

一つ目は、熊に追いかけられ、爺さんの軽トラックに飛び込んで助かる夢。
命からがらで、とにかく怖い夢です。

二つ目は、グラウンドでリレーをしているのに、体が重くて足が上がらず、焦る夢。

三つ目は、歯が全部抜け落ちる夢。
夢なのに、歯がリアルに痛いこともあります。
相当ストレスが溜まっているのでしょうか。

四つ目は、旅行行程表の文字がかすんで読めず、お客様に「今日の予定」を説明できずに困り果てる夢。

そして最後は、元カレに逢う夢。
リアルにドキドキして、夢か現実か分からなくなるほど幸せな夢です(笑)。

亡くなった人の夢を見たのは、今回が初めてでした。
でも、目覚めたときの気持ちは、不思議と穏やかでした。

夢占いによると、亡くなった故人が夢に出るときは、その表情からメッセージを読み取るそうです。
亡くなった人に抱きしめられる夢は、物事が好転するサイン。
警告や暗示と書かれているものもありましたが、多くは幸運が舞い込む吉夢だと知り、安心しました。

見えない力に守られている

12月は、精神的にボロボロでした。
でも1月、2月と、少しずつ元気を取り戻し、穏やかな毎日を過ごしています。
もしかしたら、もう幸運は舞い込んでいるのかもしれません。

Amazonのほしい物リストを公開したら、プレゼントを贈ってくださる方がいました。
認知症の本のおかげで、前向きに考えられるようにもなりました。
家の中の片付けも進み、良いことばかりが続いています。

夢の中で、婆ちゃんは何も話しませんでした。
でも、言葉ではなく、感情だけが、確かに伝わってきました。
そのおかげで、私はとても優しく、穏やかな気持ちになれました。

翌日、爺さんに夢の話をすると、目の下に涙をためていました。
娘に話すと、「婆ちゃん、私の夢にも時々出てくるよ」と言います。

きっと、守ってくれているのだと思います。

偶然のようで、偶然じゃない出来事。
見えない力に、私たちは守られている――
そんなふうに、今は思えるのです。

爺さんが倒れたのも二月。
婆さんの認知症が分かったのも二月。
そして、娘が志望校に合格したのも二月でした。

ただの偶然なのかもしれません。
それでも私は、そこに見えない力の存在を感じずにはいられませんでした。

姿は見えなくても、言葉を交わすことはできなくても、
大切な人は、今もどこかで私たちを静かに見守ってくれている。

あの夢は、そんなことを教えてくれた、
婆ちゃんからの、やさしいメッセージだったのだと思います。

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    西ちゃん押入れを改造したパソコン部屋でレビュー記事を得意とするブログを書く人、地元ライター
    岐阜県田舎村在住ブログ歴15年のブロガー。押入れを改造したパソコン部屋が私の仕事場♪当ブログは2016年8月に開設。 整理整頓が苦手で片付けられないまま一生終えそうだったけど、家族の葬儀をきっかけに、暮らしを整えるようになりました。カメラ、食べ歩き、ウォーキング、ラコニック手帳を愛する50代。 詳しいプロフィールはコチラ