断捨離で最高の終活https://note24book.com/を運営している「西ちゃん」と申します。

 

西ちゃん
家族構成:旦那、私、長女(専3)・長男(高3)・次男(中2)・爺さん(80歳食事療養中)・婆さん(77歳認知症)・爺さんの弟(70歳精神障害者)・爺さんの弟(66歳身体障害者・車椅子生活)2015年まで100歳の婆ちゃんも一緒に暮らしていました。貼り絵

家族写真
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(10人家族から9人家族になりました。)

家族の死によって考えさせられた死生観

2015年の冬、100歳になる夫の祖母(婆ちゃんが)入院しました。主治医の先生から「病院にいても治らない」「もう先は長くない」「病院にいたら家族が看取れないことがある」「酸素吸入器が必要なこと。」「家族の誰かが介護をしなければいけない」と説明を受けました。受験生が二人、身体障害者一人、精神障害者一人、そして認知症になりかけた婆さんがいましたが、家に連れて帰る選択をしました。

主治医は、「亡くなったら、病院に電話をかけて「看取り」をしてください。」「救急車を呼ぶと蘇生処置や検死や変死扱いになることもありますからね」と説明をされました。「病院での看取り」とは医師が死亡を確認し死亡診断書を書くことです。「もうすぐで死ぬ」と言われていた婆ちゃんの介護生活が始まりました。家に戻り元気を取り戻したので永久に死なないのかも?と思えるほどでした。しかしほどなくして私の手を握り返す温かい手は冷たくなりました。百歳でも生きようとする姿、いつかは死んでいく・・当たり前のことを深く考えさせられました。

死んだ後が大変、葬儀が終わったら待ち受ける遺品整理

病院に死んだ婆ちゃんを連れていき医師に死亡診断書を書いてもらい家に遺体となって戻ってくる数時間。私はしっちゃかめっちゃかだった家を片付けていました。「もうすぐ死ぬ」といわれていたので介護の合間をぬって家の中を整えてはいるつもりでしたが、実際亡くなってからが大変。「ひェ~どこからどう手をつけたら良いんだろう??眠る時間も無い!!私は、夜中から明け方まで一睡もせずに片付けをしなければいけませんでした。いつ葬式があっても慌てない家に整えなければいけないと痛感しました。

葬儀が終わったら、初七日法要。初七日法要を終えたら四十九日法要の準備。同時進行で遺品整理も行いました。悲しんでいる時間がないほど大量の不用品が出ました。四十九日法要が終わり遺品整理も一段落したころ爺さんが心筋梗塞で倒れました。幸い爺さんは、一命をとりとめ「いつか死ぬ」ことを意識し家中の物を片付けてくれるようになりました。爺さんがブログに登場するせいか「爺さんのファンです」というメッセージをいただきます。笑。

ブログで発信していること

2016年夏にブログを開設しました。断捨離ランキング1258サイト中1257位汚部屋・汚部屋脱出ランキング879サイト中878位。片付けられない女の「恥」をさらすことに抵抗はありましたがbefore after写真を撮るのが楽しくなっていました。当ブログでは、

  1. 断捨離した物
  2. お片付けのこと
  3. 生前整理のこと
  4. わたしの好きなこと、好きなもの、

大きく分けると以上のような内容を発信しております。

私の生い立ち

西ちゃん

専業農家の真ん中っ子。 1969年飛騨高山の生まれ48歳B型。働き者でいつも日記を書いてどこにでも歩いていく腰が曲がった婆ちゃんに育てられました。もんぺで着物を着てお団子を結わえた質素な人でした。でも仏壇の修繕にけは、やたらお金をかけていたことが印象的です。私が日記を書くようになったのも歩くのが好きなのも婆ちゃんからのDNAです。

西ちゃん(子供の頃)

2つ上の兄からはいつもいじめられていました。4つ下の弟とは野山をかけまわっていたようです。ギターとカメラが好きな父親でした。

姉弟

私のカメラ好きは、父親からの影響です。

西ちゃん
保育園では、一言もしゃべれない子でした。「まずい給食をどうやって残すか」「大きくなったらお嫁さんになりたいなんて馬鹿げたこと言わないようにしよう」「家に帰るとどうして私はひとりぼっちで寂しいのだろう」「小学校に上がったらちゃんと声を出すようにしなければ」といったことを幼い頃は考えていました。

過去

小学校にあがってもずっと恥ずかしがりや。運動会のかけっこだけが私の輝けるところでした。

西ちゃん
初恋のTくんが剣道部に入ったため剣道部に入りたいと懇願するも父親に反対され陸上部に入りました。

過去

中学に入ると学年が上がるたび成績が下がり続けました。中の下の下まで下がりました。中3の担任がテスト結果を掲示板に貼り隣のクラスのTくんも見られました。猛烈に恥ずかしいという思いがめちゃくちゃ勉強に向かわせました。


中学のときは、剣道部に入れなかった私ですが37歳のとき剣道をはじめ10年以上続けています。

剣道

一度あきらめたことを大人になってから再び挑戦することができるんですね。


西ちゃん
高校は、食物専攻で県のコンテストで準優秀賞もいただきました。

高校

校内発表では、代表に選ばれましたが本番に弱いタイプなので案の定大失敗に終わりました。


修学旅行のバスガイドさんのモノマネが一部クラスメートに受けバス会社に就職することになりました。自分が緊張しやすく車酔いがひどいことを忘れていました。覚えることが多く過酷な仕事ですが10年近く続けました。

尊敬している先輩のノートは、美しい文字の案内文、分かりやすいイラスト、色付きの地図と見事なものでした。楽しみながら勉強することで私は、ちゃんと人前でしゃべれるようになっていったのです。

誰でも得手不得手があります。好きだから人より上手なこともあるし、ずごく苦手なことが自分の強みになっていくこともあるんですね

西ちゃん
26歳のとき自分の婆ちゃんが亡くなりました。母親は、「聞きたいことがあっても死んでしまったから何も相談できん」とこぼしていました。婆ちゃんが亡くなったショックなのかうっかり間違えて?旦那と結婚。→喪失感による判断ミスは否めませんが20年以上一緒にいるので忍耐力はある方だと思います。

宝物

子供を出産後、見よう見まねでアフィリエイトをはじめました。フジカラーブログに毎日写真を貼り続けるコンテストで入賞、楽天アフィリエイト成功事例に2度掲載。アドセンスも成功はしました。人生と同じでずっとうまくいくことばかりではなく挫折や失敗もありました。最近ブログの書き方を学び直しているところです。

私は、こんな人

西ちゃん
短所は、判断力が遅いこと(捨てる捨てないで悩みやすいです)。家事の中では、掃除が苦手。人に頼られるとNoといえません。貧乏性なので高い物を買っても勿体なくて使えなかったりします。物欲も強いです。介護ストレスで発狂寸前になりブログで毒を吐いてしまうことも欠点です。(以後気をつけます)。
西ちゃん
特技は、剣道・書道・華道・ホームページ作成で1つのことを長く続けるところです。日本一早くアイスクリームを食べること。小1のときアイスクリームの当たりくじが1日5回出て5本連続で食べた過去があります。人生の運は、そこで使い果たしたようです。

閲覧注意、恥ずかしい、見ないで、でも見て?

パソコン周り

2016年8月当時の写真です。パソコン周りだけが汚かったわけではありません。物が溢れかえっていても毎日汚い部屋に住んでいると意識しなくなります。カメラのレンズを通して私は、自分の部屋を第三者目線で「汚い!片付けないと恥ずかしい」と思うようになりました。恥を承知で写真公開です。

パソコン周り

名誉挽回、2018年6月の写真。汚い部屋のままでは死ねません。私みたいに片付けられない人は、恥をさらけ出してしまえば片付けられるようになるかもです?笑。

西ちゃん
好きなことは・・写真(カメラ)、面白いこと、面白い人、料理、食べ歩き、チロルチョコ(ヌガー)、一輪挿し、音楽を聞きながら歩くこと、スケジュール通りにすすむこと、DIY、工具、書くこと、旅行。ブランドもの、本屋さん・文房具屋さん、家電量販店(デジモノ)、図書館、ブログ、サイト作成、今ハマってるのはタッチタイピング。

思い描く理想の未来

 

西ちゃん
将来の理想は、家族や自分の最期をより良くすること、つつましくも豊かであること、毎日を丁寧に生きること。

曼荼羅チャート

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